昭和五十七年五月三日 朝の御理解
御理解第七節
天地金乃神は昔からある神ぞ。途中からできた神でなし。天地ははやることなし。はやることなければ終わりもなし。天地日月の心になること肝要なり。信心は線でもおかげはやってある。
今日から博多どんたくが始まるそうですが、昨日はその前夜祭で身空ひばりショーがあっとりました。五千人からの聴衆ですかね、観客が詰めかけてのまあ盛大な前夜祭でありましたが、ところがその五千人もおる者が拍手したら、だぁーっとどよめきのようなものが起こらなきゃならんのに、拍手が少ないんです。ひばりが云うておりました。えらい拍手が少ないようです。ち、云うて云っておりましたがね、これはも、声は仕方がないことですねやはり。
まあそれこそ三十六才にもなるそうですが、若いときの身空ひばりというたら、そりゃぁたいした、いわば飛ぶ鳥も落とすような勢いでしたからまあ、それこそ五千人もの聴衆がおったら、もうそれこそ会堂が割れるような拍手が起こったでしょうけれどね、ま、パラパラというわけじゃないけれども少ない。そいでやっぱり拍手が少ないですね、て云うてから、ま、自分も云っておりました。
いわゆる、流行る流行らないということは、そんなことだと思うですね、天地はね、流行る事もなければ終わりもなしと、例えば申しましても、教祖金光大神の信心の例えば、一部を頂いて比礼輝くというでしょうかね、沢山な。
先だって東京の御信者がお参りして見えて、あるま、大変な御比礼輝く教会にお参りさせて頂いたら、先生がこう、日曜日曜にお休みになるようにいなったと、それでもやっぱり御比礼は輝いてるんだそうですが、そこではお話がない。とにかく祈念力というでしょうか。何か特別な事でとにかく、助かるから、人がやっぱ集まってくるんですけれども、そういう教会が過去百年の金光教の中には沢山あったんですよね。
御霊様関係だけを云うて、御比礼が輝いたとかね、祈念力が強いからとか、ただ有り難い有り難いの一念で、その有り難いに包み含まれたように、たくさんの信者がそこに、その抱擁を受けながら助かっておるとか、ね、もうそれこそ、情念の人、まあ、大変なその泉尾なんかは、やっぱり情念の人だと思うですね。今はもう、日本一的な大変な御比礼を頂いておられますが、私は何と云うてもね、流行り流行らないはないね。それこそ、流行る事なければ終わりもなしと云ったようなおかげを、教会の上にも、またここの御信者の上にも頂いてもらいたいと、私は思いますね。
ひとつの勢いと云うものは恐ろしいもんですね。何もかにも押しまくっていくような、云うならば、比礼というようなものがあっても、その押しまくる人がいなかったら、後はもう、ガタガタに崩れるように、御比礼が落ちてしまうという例がいくらも、なら、金光教の中にも過去百年の中には沢山あったと云うこと。 してみると、金光教の信心のその芯と。これは私が思うておりますところですけれども、今日の御理解じゃないけれども、天地日月の心になること肝要だと。だからこれをね、結局体得して、それが生活の上に表されて、子に孫に伝えられて初めて、終わりもなければ、流行ることもなければ終わりもないと云うような、おかげになってくると思うんです。
だから、これは、どうでもね、金光教全体がね、ここんところに、もう少し、いよいよ焦点を置かなきゃいけません。
もう数年前でしたけれども、ある地区の青年教師の方達が四、五人で合楽に見えて、私にもう、他のものには聞かせたくない。私共だけでこの先生に、ま、一問一答を試みたいというわけなんです。なかに、も、大変申し上げにくい事を申し上げますけれども、どうぞよろしくと前置きして云われるのは、
今の合楽教会はでの日の出の勢いね、大変な御比礼が頂いておられるのです あなたがもし、亡くなられたら後はどうなるでしょうか。
という質問でした。
さあ、それは私も死んでみらにゃわからんばの。
ち、いうた事でございましたけれどもね、けれども、合楽で云う、いわゆる合楽理念。当時もう合楽理念を云ってましたから、合楽理念。
なら、合楽理念の芯はどこにあるかというと、天地日月の心になること肝要。ここんところをいよいよ深め広めて、まあ、云っておるのが合楽理念何です。だから、合楽理念とね、体得して、それが子に孫に伝わっていく限り、教祖の言葉のようにね、いわゆる家繁昌、子孫繁昌の道ですからね、親の代よりもこの代と繁昌していくはずですけれどもね、と云うて話したことでした。
私の御祈念力が強いとか、私が有り難い一念とか、私がこ、撫でたりさすったりして、病気が助かるとかね、御霊様関係をいうて、人が集まってくるとか、云うのじゃないです。合楽の場合はね。
合楽は祈念力ではなくて、理解力で助かるという風に、その後に、その青年の方達が御本を出しとりました。その地方から、で、それに書いてあったのは、合楽はあの、御理解力によって助かっておるんだ、比礼が輝いているんだと云うことを書いとるんです。
その理解力もです、どこに焦点が置いてあるかと云うと、天地日月の心なんです。ですからこれはいよいよ深めていき、広めていく、もう限りがないものですからね、天地というのはね、それを例えば徐々に、というかね、一段一段というか、いわゆる天地日月の心をもって生神を目指すというのですね。
だから、そういうなら、生き方をいよいよ身につけていく限りね、流行る事もなければ、終わりもなしというようなね、助かりのいわゆるま、根本理念と申しますですね、が、頂けるならまた頂きたいもんだね。
その気になれば簡単です、明瞭です、おかげが確かですとこれは、合楽のキャッチフレーズですけれどもね、本当にその気になれば簡単ですね。けれども、それは、明瞭ですというところに入っていくときにも、限りがないものがまた、そこにあるのですね。
私共の孫が、自分の担当の先生にね、あなたんところのお爺ちゃんな、どういう人か、どう云うようなお話をしなさるかち、云うたら、それは天地日月の心だよって云うたとね、先だってから、その担任の先生がここへ家庭訪問に見えて、その話を聞いて、とにかくもう一辺ゆっくりとお話を頂きたいからと云うて、また夕方から、ああやって見えて、ここの若先生としばらく・・・して恵城君があのう、云うこと学校で行うておることを見てから、ま、ある意味で成る程と云うて、ま帰られたということですけれどもね、小学校のね、今はもう二年生になりましたが、でもです、ね、ぼくの名前は恵城という、恵まれた城と、それをま、そんなにむつかし云うわけじゃないでしょうけれどもね、土の心でいくということをぼくの名前はそう云うことが、土遍に成ると。
もう土の心でいきゃぁ、一切が成就する、一切が恵まれる。恵城と云うのはそういう意味だと云うことをま、繰り返し、あの云うて、あんたの名前はこうだという、分かるか分からんか知らんけれども、なら、先だって、先だってちいうかも、半年も前の事でしたけれども、ぼくは今日はとても腹の立ったけれども、土のんでね、辛抱したよ。て、いうて帰って話したとこう云うのですね。
だから天の心、地の心を生活の上に頂き現していくことができる。それをいよいよ実験実証して、も、これにも、金光教の信心はここに極まったといったようなものを頂いて、それを身につける事をもって徳を受けていくのです。力を受けていくのです。限り、私は子に孫に伝わると思うです。
いわゆる、流行る事もなければ、終わりもなしというような、おかげが頂けて初めて金光大神が嘘は云うておられないなあという、私共は、何と云うても、教祖の御教えを実証していかなければならない。
祝い目出たの若松様よ、枝も栄える葉も繁るというではないかと。金光大神は家繁昌、子孫繁昌の道を、その道の芯になるものは、私はこの、天地日月の心だと思うんです。
だから、どうでも、ずっこん天地日月の心が心の中に入ってこなきゃダメですね。ここは天の心だ、地の心だ。ここは日月の心だと云うことをなら、まあ、合楽理念では、ま、云うなら縦横無尽にこ、説くわけですからね。しかもそれが火の行、水の行せんならんといったような事ではなくてね、人間が人間らしゅう、生き方をすることこそが、御神意に適うんだと云う生き方ですからね、ね。
ドライじゃないです、割り切ってからじゃないです。その事が有り難いとして受けていくのですね。割り切ったのでは、確かにおかげも割り切ってしまうです。同じ事柄であっても、よかよか主義ですね、ドライな心。けどもその事を人間らしゅう生きる生き方だとして、その事に御礼がいえれる生き方を身につけていきながら、天の心を地の心をです、も、限りなく極めていこう、ならば私、流行ることもない、終わりもない。それは私がそれこそその、青年教師の方達にいったように、それは私も分からんばのね、私が死んでみなきゃ分からない。なら果たして私の子供達なら子供達、私の後を継ぐもの達がですね、そのいうならば、天地日月の心になる。その事にいよいよ焦点を置いて信心を進めていく限り、流行りもない、終わりもないと思うですかね、それを行じなくなったらやっぱりおしまいですね。
だからこれはお教会の事だけの事じゃありません。めいめいの上にもそうであって欲しいのです。ですから、あなた方御一代じゃなくてこれが子に、孫に伝わっていくことの為に、もっともっとなら、天地日月の心を結局自分のもの、自分の血に肉にしていく精進。
そこにもう、焦点を置いてその事を極めていく以外はないとまず観念してね、いい加減な事じゃなくて、本気でその心を心とする。いわゆる天地の心を心とする生き方を身につけて生きたいですね。 どうぞ